出会いはキャバクラ。浮気性で虚言癖…「患者」と呼ばれる男の正体

アリサは連休を利用して、女友達と温泉に訪れた。


先ほどから鬱陶しいほど数分おきに静かに光り続けるスマホを無視し、アリサは錫のぐい飲みに注がれた香気な日本酒を呷った。
温泉で水分を失った身体に染み込んでいく。

生き返る……。

2日前まで、ある意味死んでいたのかもしれない。


恋人と別れた直後というのに、後悔など一切なく、不思議にも満ち足りた気分だ。失調しかけていた神経も、「患者」と別れたことで取り戻せた気がする。



アリサはやっと「患者」と別れられたのだ。

image1

タカシと出会ったのは約1年前。
アリサが週3回ほど出勤しているキャバクラに、たまたまタカシが同僚と遊びに来てアリサが隣に着いたのだ。
タカシは口がたつタイプだった。キャバ嬢に接客してもらうというよりも、ウィットに富んだ会話でキャバ嬢を楽しませるお調子者タイプ。

キャバクラに入店したてのアリサは、タカシに惹かれた……。

帰り際、タカシに連絡先を聞き、営業をかけることなくアリサからデートに誘ったのだ。タカシは少しびっくりしながらも、アリサの誘いを受けてくれた。
そこから数回デートを重ね、タカシからの告白で交際がスタート。

付き合ってはじめての週末、デート中にタカシから2つの約束を守って欲しいと言われたのだ。
それは、「嘘はつかない」「浮気はしない」。

特に難しいことでもないので、二つ返事で了承した。

なのに……。
image2

タカシがアリサの家に泊まりに来た。

玄関で靴を脱ぐなり、今日会社であったことを話しながら廊下を進み、リビングの隅の棚にバッグを置き、上着をハンガーにかけ、テーブルの上に仕事用のスマホとプライベート用のガラケーをポイッと置く。

そして、なぜか「あ、ケータイ見たいなら見てもいいよ」と半笑いで言ってきた。

『え?何で急にそんなこと言うの?』と思議に思ったが、「別に見たところで」と、軽く流した。


また何か嘘でもついているのだろうか……。


タカシが風呂に入っている間に、自分の洗濯物とタカシの下着、靴下、Yシャツを洗濯機に放り込み、回す。

20分後、タカシが風呂から上がってきた。
ソファーに腰掛け、スマホをいじっているタカシの隣にそっと座り「ねぇ…。そういえば、いつ家に遊びに行っていいの?」と切り出した。
「ん?……まぁ、そのうちかなぁ」。


付き合って半年過ぎたが、まだタカシの住むタワーマンションに行ったことがない。二子玉のタワーマンションの最上階に独りで住んでいるというのに、なんやかんや言って、アリサを入れてくれないのだ。


「本当に二子玉のタワーマンションに住んでるの?あそこ、家賃超高いじゃん……?」
タカシは通信系の中小企業に勤めている。バカ高い家賃を払えるほどの給料はもらっていないはずだ。現に数日前、給料前でピンチだからとアリサから3万円を借りている。

「疑ってるの?言ってなかったっけ?インサイダーで2億儲けたって」


どこまで嘘つきなのだろうか……。タワーマンションの次はインサイダーで2億円……。
嘘を嘘で塗り固めはじめている。


実は前に一度だけ、タカシの両親が旅行で家を空けている間に、タカシの実家へ行ったこともあるのだが、タカシの部屋に入ったらまるで昨日まで誰かが住んでいたかのようにベッドの上で掛け布団がくしゃっとなっていて、ベランダにはタカシのものと思われる下着が干してあったのだ。
それらを見て確信した。
『タカシは二子玉のタワーマンションではなく、この実家に暮らしている』と。
image3

洗濯終えた服や下着を浴室に干し、「乾燥」スイッチを押した。
一緒にベッドに入ったが、さっきの「ケータイ見たいなら見てもいいよ」がどうも引っかかる。

タカシは15分もしないうちに、だらしない顔でいびきをかき始めた。
タカシを起こさぬようそっと起き、テーブルの上に置かれたガラケーを手にしてトイレにこもった。

罪悪感と背徳感で複雑だが……漠然とした恐怖の方が勝っている。

タカシのケータイを勝手に見ようとている自分が信じられない。だが、「見たいなら見てもいいよ」と許しは出ている……。
『彼が見ていいと言ったんだ』と自分に言い聞かせ、恐る恐るガラケーを開いた。

受信メールに、とある女性とのやり取りがある。


――――浮気している。

翌朝、乾いたYシャツにアイロンをかけながらタカシが起きてくるのを待った。7時半すぎ、ようやくのっそり起きてきたタカシに「おはよう」と挨拶をし、継いで「見てもいいよって言うから、ケータイの中、全部見た」と告げた。
身じろぎひとつせず、一点を見つめたまま言葉を発しないタカシ……。
数秒たって、ようやく「全部って……?」と小さい声が出てきた。
「全部は全部だよ。浮気する人無理だから。もう別れよう」と、あっさり言うと「ごめん!もうしないから。だから別れたくない!」と、許しを請いてきたのだ……。

タカシはすぐガラケーを手に取り、浮気相手に「彼女がいるのでもう会いません。さようなら」とメールを送り、送信画面をアリサに見せてきた。

アリサが何度「別れたい」と言っても、「もう浮気はしない!別れたくない!」の一点張り。
仕方なく「次は即刻別れるから!」と釘を刺し、今回は許すことにした……。


浮気をしておきながら「ケータイ見たいなら見てもいいよ」とか……。小さな子供がおやつをつまみ食いして、母親に聞かれてもないのに「おやつ食べてないしー」と自白しているのと同じだ。


この頃から、アリサとアリサの友達の間でタカシのことを「患者」と呼ぶようになっていた。
浮気性で虚言癖だから、病気にかかっているという意味で「患者」。


だが3ヶ月後、「患者」がまたやらかしたのだ。
image4

別れたはずの浮気相手の名前を寝言でもごもご言っているのを聞いてしまい、タカシが起きる前に、例のごとくトイレでガラケーを開いた。
が、ロックがかかっている……。この時点で、ほぼ「黒」ということが分かった。
さらにタカシの生年月日を入れたら、簡単にロックが解除できてしまった。


案の定、浮気相手と関係を戻していたのだ……。


翌朝、起きてきたタカシに「おはよう」も言わず、
「あのさ、浮気はもうしないって誓ったよね?どんだけ私に嘘つけば気がすむ?『嘘はつかない、浮気はしない』って約束つくったのそっちだよ。自分でことごとく破って恥ずかしくないの?
タワーマンション住んでるって言ってるけど、実家暮らしって気づいてるからね?インサイダーで2億稼いだとか言って金持ちぶってるけど、前に私から3万円借りてるよね? 2億もあって彼女にお金借りるとか、普通に考えておかしいでしょ!」と、まくし立てたら、タカシが鬼の形相で「またケータイ見たのかよ!」と逆上してきた。


逆上するタカシを無視し、タカシの財布から3万円を引き抜き、財布、バッグ、靴、スーツ、Yシャツ、そしてスマホとガラケーを玄関の外にポイッと放った。
「おい!何すんだよ!」と、慌てて部屋着のまま玄関の外に飛び出すタカシ。
その瞬間、内側からロックをかけた。
「おい!開けろよ!」と、タカシが声を荒らげ戸を叩く。

が、程なくしてタカシの声も戸を叩く音もおさまった。

玄関の覗き窓から外を覗く。
タカシは部屋着のままとりあえず靴を履き、荷物を抱えアリサの家の前から消えていった。


午後になり、タカシからメールが来た。
「浮気したことは謝ります。一度会って話がしたいです」と。
また許してもらおうとする根性が憎たらしい。
「もう付き合いきれません。別れてください。そして二度と家に来ないでください。来たら警察に通報します」と一方的に振った。
それから何通かメールが来たが、読んでいない。


振ってスッキリした。一方的ではあるが、やっと別れられたのだ。
今思えば、一回目の浮気で切り捨てるべきだったのかもしれない…。

せっかく女友達と温泉旅行を満喫しているというのに、スマホが数分おきに光って鬱陶しい……。

女友達が笑いながら「患者から?」とアリサに聞く。
「浮気性で虚言癖の男はもうこりごりだよ」と、スマホを手にとり電源を長押しした。


生き返ったアリサの朗らかな表情が、陰鬱状態になっている「患者」を打ち消すかのように、真っ黒になったスマホ画面に映った。

恋愛・デート #浮気 #虚言癖 #キャバクラ

この記事のライター
コラム小説
コラム小説
MENDY編集部がお届けする、男性向けコラム小説。