浮気に女漁り……とにかく女関係がだらしない先輩の彼女と寝てやった

夏の夜の闇が、重く暑く垂れ込めている。
湿気を含んだ微風が顔に張り付いて、いささか気持ちが悪い。

マサキはお酒の酔いを醒ますために自販機に500円玉を入れ水のボタンを押した。
ガタンと勢いよく落ちてきたペットボトルの水を取り、そのまま釣りの小銭をかき出す。

ふと、誰かの視線が自分に注がれているのを感じ、上体を起こして反対側の道路に目をやった。

以前にどこか出会ったことのある女性がこちらを見ている……。


―――ユリコだ。

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「いま帰りですか?」と、少し大きめの声で突っ立ているユリコに声をかけるも反応がない。

そのまま道路を渡りユリコに近づいたとき、泣いているのがわかった……。

「ユリコさん、どうしたんですか?」
「彼とケンカしちゃって……」
そっか、と言って立ち去るわけにもいかない……。
「————ここ暑いからちょっと、そこの店で1杯だけ飲みません?」

ここから歩いて5分のところにマサキの自宅マンションがあるのだが、さすがに先輩の彼女を家に入れるのもよろしくないだろうと、飲み会帰りで酒はもう十分だが反射的にバーを選択した。

頷いたユリコの一歩先を歩くように、近くの薄暗いバーにユリコをいざなった。
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ユリコは会社の先輩の彼女だ。
前に一度、先輩を飲みに誘ったとき「今日これから彼女と食事なんだけど、お前も来るか?」と誘われ、流石にデートの邪魔はしたくないから「いや、いいです。今度にしましょう。彼女さんにも悪いですし」と遠慮したのだが、先輩がユリコに「後輩も一緒にいいか?」と連絡を入れてくれ、ユリコも快諾、そしてまさかの3人で食事をした過去がある。


食事の時もユリコは終始笑顔で、先輩よりもボクに話を振ってくれたり、空きそうになったグラスを見ては「マサキくん、次は何飲む?」と聞いてくれたりと、邪魔者であるはずのボクをとても気遣ってくれた。

たまたま食事をした日がバレンタインデーの2日前ということもあり「即席で悪いんだけど…」と、駅前のチョコレート専門店でバレンタインチョコを買ってきてくれたらしく、ボクにプレゼントしてくれた。
可愛らしいラッピングがほどこされたチョコだった。

本当に細やかな気遣いのできる人だな、と感心させられた。


正直、浮気性の先輩には勿体ないほどの素敵な女性だ……。
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とりあえずボクはビールを頼み、ユリコはウォッカベースの酒を頼んだ。

「先輩と何かあったんですか…?」と、ユリコの横顔を窺いながら訊いた。
「…………彼の家に行ったら洗濯機の中に女性ものの下着があって。さすがにイラっとして、つい『いい加減浮気やめて!私の気持ちを少しは考えてよ!』ときつめの口調で言ったらケンカになちゃって……。そのまま彼の家を出てきたの」と、伏し目がちにユリコは話してくれた。

先輩の仕事ぶりは凄くかっこいいし、尊敬している。
ただプライベート、特に女関係が悲惨なのだ。その件に関してはボクも少し軽蔑している。
彼女がいてもお構いなしで、一発ヤレる女を漁りに「クラブへ行こう」とボクを誘ってきたり、出会い系サイトで知り合った女の子をホテルに連れ込んで写真や動画を撮ったりして楽しんでる。

こんな素敵な彼女がいるのに、浮気を繰り返す先輩は「男」としては、まぁかっこいいのだろうが、女性からしたらアンチな生き物だろう。


落ち込んでいるユリコに何を話しかけたら正解なのかわからず「先輩と付き合い続けるんですか?」と、やや踏み込んだことを訊いてしまった。
ユリコは一度息を吸って「どうしたらいいのかわからなくて。別れたい気持ちもあるんだけど、別れたら後悔するのかな……とか。————何で彼は浮気するんだろ。私の何がダメなのかな?」と、潤んだ目と無理に作った笑顔で答えた。

その瞬間、突如先輩に対して怒りがこみ上げた。

寄り添って支えてくれる彼女を泣かせてまで、他の女と寝たい気持ちがボクには理解できない。


バーで1時間ほど過ごしたのち、ボクらは店を出た。
少し話してほどよく力が抜けたのか「話を聞いてくれてありがとうね」と、お礼を言いながらユリコはまたうっすら泣き出した。

さすがに泣いている女性を置き去りにすることもできず、「その大通りをまっすぐ行って曲がったらボクのマンションなんですけど……。ボクの家でコーヒーでも飲みますか?」と訊いてみた。
念のため「それとも、このまま電車かタクシーで帰宅します?」と、付け足そうと思ったが、二択にすればきっとユリコの性格からして頑張って一人で泣きながら帰るだろうと思い、あえてそれは付け足さなかった。

ユリコは少し考えたのち、首を縦に振ってくれた。
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「ちょっと散らかってるけど、好きなところに座ってください」
台所でコーヒーの準備をしながら、リビングにバッグを置いたユリコに声をかける。
「マサキくんってキレイ好きなのね。これ、男性のひとり暮らしなら散らかってない方よ」と、台所に立っているボクの方を振り返り、弱々しい微笑みを見せた。

テーブルにマグカップ二つと、ポーションミルクとコーヒーシュガーの入った小ぶりな器を置き、ユリコとテーブルの角を挟んでL字状に座った。

数秒の沈黙後、ユリコは落ち着きを取り戻した小さな優しい声で「なんか…ごめんね」と謝罪してきた。
「いや、いいですよ、謝らないでください。ボク、基本暇な男なので。あす土曜日だし、何時間でも話聞きますよ」と笑ったら、リラックスしたのか先輩に対する不安や不満を少しずつ話し始めた。

ボクはただ相槌を打ちながらユリコの話を聞いていたのだが、30分くらい経った頃だろうか、また辛い記憶を蘇らせたのかユリコの声が涙声に変わる…。

どうすることもできず、左腕でユリコの体を抱えるようにし右手で頭を優しく撫でた。
ユリコの涙で自分のシャツが湿っていくのがわかる。


お互い、それぞれの想いに沈んで口を開かなかった……。


泣いているユリコのおでこにキスをしたが、抵抗する感じは一切ない。


ボクはゆっくり服の上からユリコの下着とシャツのボタンを外し、部屋の灯りを消した。

翌朝目覚めた時、ボクの隣にユリコの姿はなかったが、ベッドにはさっきまで隣にいた形跡がある。心地よくしびれた体を起こし、脳細胞が起きていない脳を無理に使って部屋を見渡す。
テーブルの上には昨夜のままのマグカップと、自分のスマホ、それに紙が一枚置いてあった。

ベッドからのっそり立ち上がり、テーブルの紙を拾い上げる。

「昨日はありがとう。話したらスッキリして彼と別れる勇気が出たよ。また遊びに来てもいいかな?」と、綺麗な文字でボクに宛てたメッセージと、ユリコの連絡先が書かれていた。

そして、スマホには昨日の23時すぎに先輩から「今どこいる?六本木のクラブいかないか?おごってやるからさ」とLINEが……。

ボクは鞄の中からタバコを一本とり出し、火をつけ大きく吸い、焦点の定まらない視線を天井に投げた。

また女漁りか……。

ボクはテーブルの下から灰皿を引き出した。


指でこめかみを一度押し、灰皿にタバコを置いてスマホを取り、先輩に「すみません、昨日は早い時間に寝てしまって」と返信し、ユリコに「また来てください。いつも暇してるんで」と送った。

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