さぁ、復讐の始まりだ。――不倫相手のオンナが企てる恐ろしい復讐計画

星一つ見えないどんよりと重い空の下を、アキラと手をつないで歩く。
0時を回ったが、週末ともあり六本木は人で溢れている。

「時間もあるし、軽く食事してから行こうか?」というアキラの提案で、六本木交差点近くの寿司屋に入った。

「ホント珍しいね?クラブ行こうとか。でもまぁ明日休みだし、たまにはいいね」
「うん。友達の彼氏が週末そこのクラブでDJしてるみたいで。よかったら彼氏ときてって言われてたから…。たまにはお酒飲んで、ちょっとはしゃぐのも良くない?」と、頰の隅にどこか皮肉な微笑みを漂わせながらノゾミはアキラの目を見た。

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はしゃぐのなんて目的ではない。
たくさんの酔人がひしめき合い、隣の人の顔も声もまともに見聞できないほど五感を狂わしてくれるクラブの方が「二人きり」よりも都合がいいのだ。

ただ“実行”するために闇と爆音、人混みとアルコールの手助けが欲しかっただけ…。


アキラの腕時計に目をやる。
夜中の1時過ぎ。

「ぼちぼち行ってみる?」
アキラに促され、寿司屋を出てた。



雪だ……。

柔らかな雪が静かにアキラの肩に降りた。
どこか…クラブに行くのを引き止めているかのようにも見える。

アキラのコートに雪がつくほど、興奮で胸が激しく波立つのを感じる。

左手を自分のコートのポケットに滑らせ、小瓶があるのを確認した。
—————ある。




クラブに着いた。
雪を払い落とし、アキラの手を引くように入っていく。
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会社の近くの小洒落た喫茶店の扉を引き、いつものように通りに面した窓際の席に柔らかく座る。
コーヒーを頼み、バッグから読みかけの小説を取り出して、しおりが挟んであるページを開いた。
好きな人への残酷な復讐劇を描いた小説だ。人間の醜い心情が描かれており、どこか自分と重ねてしまう……。

「今日は寒いねぇ。明日は雪だってよ」と、笑顔でマスターが温かいコーヒーを置いてくれた。

マスターが一人でやっているこの喫茶店に通って、もう5年ほど経つ。
入社してから、嬉しい日も落ち込んだ日も、ここに来てはマスターの淹れてくれたコーヒーを飲んだものだ。


そう、
アキラに婚約者がいると発覚した翌日も…。


テーブル脇のザラメを少しカップに落とし、スプーンでかき混ぜ、小説の続きを読む。

———— ページをめくるノゾミの手が止まった。
女性がメチルアルコールを使って男性を失明させようとするシーン……。

そのまま本にしおりを挟み、スマホで『メチルアルコールの効用』について調べた。

メチルアルコールを飲むと死亡に至らなくても失明の危険性があること、燃料用のアルコールの主成分はメチルアルコールで形成されていることなどが書かれている。


これだ……。
アルコールに混ぜてしまえばいい…。


サイフォンが置いてあるこの喫茶店にも燃料はあるはず。

「マスター、サイフォン用の燃料ってどこで買うの?」
「どうしたんだい、急に?」
「いや……。自宅でコーヒーを淹れようと思って、ネットで小さめのサイフォンは買ったんだけど。燃料を買ってなくて……」
「ちょっと待ってね」

マスターは店の奥から白く細長いボトルを持ってきて、ノゾミに差し出した。
「たいして入ってないけど、それでよければ持って行ってもいいよ?まだ何本もあるから」
ボトルを手に取り、ラベルを見る。
エチルアルコール5%とメチルアルコール95%……純粋なメチルアルコールではないが、この際純度など気にしない。
むしろ95%も含まれていれば優秀だ。

「ありがとう。助かるよ」
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3ヶ月前、この喫茶店でアキラと出会ったのだ。

いつものごとく、窓際の席で読書をしていたら「あの…。よかったら連絡ください…」と、連絡先の書かれた紙をスッと渡された。
一瞬何が起こったのかわからなかったが、すぐナンパということに気づいた。
初めて男性から連絡先を渡されたため、どうしていいかわからなかったが、好奇心からその夜、連絡をした。

「はじめまして。ノゾミです。喫茶店で連絡先をいただいた者です」
「連絡ありがとう。喫茶店の前を通るたびにノゾミさんを見かけて、ずっと気になってました。お店に入っても、いつ連絡先を渡そうか緊張してしまって」

そこから何通かメールのやり取りをし、デートすることになった。

何度かデートをし、アキラの告白で交際が始まり、付き合ってすぐアキラから「ずっと一緒にいたいね」「結婚したらどの辺に住もうか」など結婚を匂わせる話もしてきた。
アキラとの将来を考えたら嬉しくて、胸がときめいたのを憶えている。

———— アキラの様子がおかしくなったのはそのすぐ後だ。
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クリスマスは仕事があるだの、誕生日は出張で東京にいないだの……何やかんやイベント日を一緒に過ごしてくれない。


(もしかして、浮気しているのでは……?)という疑惑が頭をもたげた。



興信所をたよって、彼を調べてもらうことにしたのだ。

そしたら驚きの事実が判明した。
まず、彼の名前はアキラではなく「リョウスケ」であること。
彼から聞いていた勤務先や年収、自宅の場所までもが違っていた…。
そして彼のSNSには堂々と、半年ほど前に5年付き合った女性にプロポーズしたこと、春には子供が生まれることなどが書いてあった……。


愕然とした……。

口を半開きにして、しばらくそのまま放心状態に陥った。

ノゾミは本命ではなく、最初から浮気相手だったのだ。
確実に戻れる場所があるから、ノゾミにちょっかいを出しただけ……。
妊娠して徐々にお腹が大きくなっていく彼女に性を感じなくなったのか、アキラ的には一時的なつまみ食い気分だったのだろう。

ノゾミとずっと一緒にいる気なんてさらさらなかったのだ。

そういえば、過去に一度SNSで繋がろうと言ったこともあるのだか「仕事で使ってるだけだし、たいして更新もしてないよ…。“友達”も仕事で繋がってる人だけだから」と、歯切れ悪くやんわり断られたことがある。



だからSNSでつながることを避けたのだ…。



好奇心でアキラに連絡をしたが、向こうも好奇心で連絡先を渡してきたのだ。


いろいろ考えていたら、突如放心状態が解け、体中に震えるほど激しい怒りと憎しみがこみ上げた……。



—————絶対に復讐してやる。

殺めはしない。
一生苦しんで生きてほしいのだ。

アキラが両手にお酒を持って笑顔で戻って来た。

「ありがとう」
アキラに最後の微笑みを見せ、お酒を受け取る。

爆音が響くクラブは、いい具合に混み合ってきてる。
条件は揃った……。


さぁ。
復讐の始まりだ。

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