「絶対彼氏いるだろ、あの感じ…」結婚式の二次会では、“連れのいない子”が狙い目かも。

引き出物の袋を右手にぶら下げ駅を出ると、日曜の朝とあってか駅前は静かだ。
休日に、しかもこんな早朝から外を歩くのはいつぶりだろうか…。

ガラス張りのビルの横を通った時、ビルの窓越しに映った自分の姿を見てふと思った。

『何か忘れた気がする……。何かが足りないような……』

すると、LINEが鳴った。

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高校の同級生、マコトが結婚することになった。

半年ほど前、久しぶりにマコトから電話がかかってきて何事かと思ったら結婚の報告だった。
よかったら結婚式に来て欲しいと言われ、快諾したらその一ヶ月後に招待状が届き、返信したと連絡を入れたら二次会にも来ないか、と。
正直、祝いたい気持ちと同等に異性との出会いも欲しかったので、二つ返事で二次会に参加することも伝えた。


マコトと新婦は小・中学校の同級生らしく、成人式で再会し、そこから仲間内で遊ぶうちに、交際へと発展。
付き合ってから約10年で、ようやく結婚の話が出たそうだ。

30代も半ばにさしかかり、周りが徐々に結婚しはじめている。
最近では実家へ帰るたびに「結婚はまだか」と祖母と母に急かされるようになった。
とはいえ、職場は男ばかり。女性もいるが、パートのおばちゃんが5人ほど。
結婚ラッシュのためか、ここ1年ほど合コンの誘いすら無いのが現実だ。
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マコトの結婚式当日、迷うことなく招待状に書かれた式場へと着いた。

ロビーに見覚えのある男が座っている。

高校時代の同級生のトオルだ。

近づいていったらトオルも俺に気づき「よぉ!シュウジ、久々じゃん。元気?」と、軽く片手を上げて話しかけてきてくれた。

トオルの左手薬指には指輪がハメてある。
聞けば、3年ほど前に結婚して今は二児の父親だそう。


トオルも結婚したのか……。



スタッフに案内され、トオルと共に式場に入ると、一瞬で目の中に眩しい光が差し込んできた。天井も高く、正面がガラス張りで程よく解放感のある素敵なチャペルだ。
外の天気がいいせいで、やたらチャペル内が明るい。

そんな折、ふと新婦側の席に目をやると、通路側にピンクのワンピースを着た黒髪の女性が座っている。
俺の視線は瞬間的に彼女へと吸い寄せられた。

どこか雰囲気ある女性だ…。



いや、雰囲気があるように見えるだけかもしれない。
ヘアメイクをして綺麗な衣装を着ている女性は、たいてい二割増しで素敵に見えるものだ。



式が始まり、俺は神妙な空気の中で行われる牧師と新郎新婦のやり取りをただただボーっと眺め、時たまスマホで写真を撮った。

どうもこの空気感が苦手だ…。

誓いのキスの時、マコトのぎこちないキスのおかげで神妙な空気が和んだのはありがたかった。



新郎新婦がチャペルから出た後、スタッフに誘導され、参列者はチャペル前の階段に花びらを持って並んだ。

近くに海があるせいか、晴れているのに少し肌寒い。


ゆっくりと階段を降りてくる新郎新婦に、花びらをふわりと投げ、二人の幸せそうな顔を見たら祝福の気持ちと同時に羨望のような嫉妬のような……なんとも言えない気持ちが湧いてきた……。
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披露宴会場の席はトオルと同じデーブルだった。

隣のテーブルには先ほどのピンクのワンピースを着た女性もいるが、同じテーブルの女性陣たちとは誰一人顔見知りじゃないのか、会釈をする程度で特に誰とも仲良く話すことはない。

披露宴の座席表を見て、ピンクのワンピースを着た女性の名前が「トモカ」であることを知った。


運ばれてくる料理を食べながら、挨拶やスライドショーを観つつ……、それでも何故か不思議とトモカに目がいってしまう。


「シュウジ、さっきからあの子のこと見てるだろ?」
潜めた声で、トオルに軽く腕を叩かれた。

気づかれている。

「後であの子に声でもかけたら?」とトオルに背中を押されたが「いや。絶対彼氏いるだろ、あの感じ…」と勇気が出ず、素直にイエスといえなかった。


披露宴も無事に終わり、トオルは式と披露宴の参加だけだったようで、「また近々飲もう」と言い残しシャトルバスで式場を後にした。

二次会も同じ敷地内で行われるようなので、式場のどこかで時間でも潰そうかとロビーに戻ったら、トモカがソファーに腰掛けスマホ画面をじっと見ていた…。


おそらくトモカも二次会に参加すると思われる。

誰ひとり知り合いがいない感じなのに、二次会にも参加するのは少々驚きだが……。新婦とよほど仲がいいのだろう。

声をかけようとも思ったが、なんて声をかけていいかわからず、とりあえずトモカから少し離れたソファーに腰掛け、二次会の声がかかるまで口直しにコーヒーを飲みながらただただスマホをいじった。
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17時半、自分の名前の書かれたテーブル席に向かうと、そこにはトモカの姿もあった。

二次会は奇跡的にもトモカと同じテーブルのようだ。

とりあえず声をかけないと……と変な焦りから「今日は…ひとりで来たんですか?」と、なんとも答えにくい質問をしてしまったが、「はい。一人です。新婦のまりえちゃんと昔バイトが同じで。今もよく遊んでいるんです」と笑顔で答えてくれた。



立食形式のビュッフェではあるが、披露宴でお腹は満たされたので、二時間ほど特に何も食べず、緊張を紛らわすためにひたすら酒を飲んだ。
なんとなくゲームを楽しみ、時たまトモカに声をかける二次会はあっという間に終わってしまった。


お手洗いに寄り、荷物をまとめ、式場から駅までのシャトルバスの時間を調べたら5分前にシャトルバスが出てしまっている。
次のシャトルバスまであと15分ほど…。


『あ、連絡先聞くの忘れた…』

緊張を紛らわすため、ひたすらに目の前のお酒に集中してたせいで、トモカに連絡先を聞くのを忘れた。
1本前のシャトルバスかタクシーで帰ってしまったのだろうか。

しかし自販機で水を買ってロビーに戻ると、なんとトモカがソファーに座っていた。

トモカの隣にゆっくり腰掛け、「帰ってなかったんですね。あの……。よかったらこのまま軽く飲みに行きません…?もうお酒が無理なら…お茶とかジュースでもいいし?」と、思いつく言葉をかき集めるようにして誘ってみた。

トモカは少し考え
「…………これからレイトショー観に行くんですけど、よかったら一緒に観ません?一緒に行く予定だった人が来れなくなっちゃったみたいで」と、財布から映画のチケットを2枚取り出した。

一緒に居れたら正直なんでもいい。
ご一緒させてもらうことにした。
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駅前でシャトルバスを降り、数分歩いて映画館に着いた。
ドリンクを買って劇場に入ったが、レイトショーだけあって館内には4人ほどしか見かけない。

映画は恋愛系の洋画だ。
この時間に恋愛ものの映画を観る予定だったということは、一緒に観る相手は男性だったのでは…?と頭をよぎった。

仕事か何かで来れなくなったのだろうか…?



映画に集中したかったが、トモカが足を組み替えるたびに、ふわっと甘い香水の香りが鼻をかすめ、その一瞬は映画に集中できなくなる。



2時間半ほど、甘い香りに惑わされながらもじっくり映画を鑑賞したのち駅に戻ると、なんと電車が止まっていることを、改札前で流れてきたアナウンスの声と電光掲示板の表示で知った。

「どうしようか?トモカちゃん最寄り駅どこ?」
「隣駅なんで、歩こうと思えば歩ける距離です」
「でも、二次会立食だったし、ヒールで足疲れてるでしょ?タクシー相乗りしていこうか。映画のお礼にタクシー代奢らせてよ」

通りの道沿いで、タクシーを一台捕まえて一緒に乗り、パンツの後ろのポケットから財布を取り出そうとしたが……ない。
バッグの中にしまったのかとバッグを漁るが、ない。
「おかしい…ない。俺の財布知らないよね…?」
「え?お財布忘れてきたんですか?」
「映画館のシートに置いてきてしまったかもしれない」
「戻ります?それかタクシー代出しますよ?お家どこですか?」
「俺、都外で。この時間だと多分2万は超えるんだ」

そんな会話をしているうちに、タクシーはトモカの住むマンション前に着いてしまった。

「さすがにいま現金で2万円は持ってないので……、ひとまず一緒にタクシー降りましょう!」
トモカは自分の財布から1000円札を取り出し、お釣りを受け取り俺の手を引いてタクシーを降りた。

「今日は私の部屋に泊まって、明日映画館に財布を取りに行って帰宅したらどうですか?」
「え?いいの…?」
「お財布がない人にホテルかどっかに泊まってくださいとは言えないです。部屋に猫いるんですけど、猫アレルギーじゃないならどうぞ」と、笑って泊まることを提案してくれた。

情けないが、とりあえずトモカの家に泊めてもらうことにした。
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そしてトモカの家に入り、さっきまでいた映画館に電話をかけたら、映画館の清掃員が財布を見つけたらしく、受付で預かってくれているそう。明日の午前中に財布を取りに行くことを伝えたのち、シャワーを借り、元カレの部屋着を拝借した。


「毛布1枚で足りますか?」
「ありがとう。ソファーかりるね。……あのー……ちなみにこの部屋着、元カレのって言ってたけど、さっきの映画はその彼と観る予定だったんじゃないの…?」
聞かないほうがいいと分かっていたのに、なぜか勝手に口から言葉が出た…。
「披露宴中にLINEで彼からフラれたんです…。もう別れそうな雰囲気ではあったので…別にショックではないんですけど。……けど、仲直りできたらなぁと思って、数日前に映画に誘ってはみたんです。…でも、やっぱり無理だったみたい」
切ない気持ちを押し殺したような苦笑いで、途切れ途切れに話してくれた。

「なんか、ごめん…」
トモカの切なそうな顔を見たらどうしていいかわからず、気持ちのブレーキもきかなくなり、右手をトモカの顔に当ててキスをした。

ソファーを借りて寝る予定だったが、結局トモカのベッドで一緒に寝てしまった。

8時前
手早く着替え、トモカの連絡先と最寄り駅までの道のりを聞き、隣駅までの電車代を貸してもらって、来週お礼に食事を奢らせて欲しいとお願いをして家を出た。


うっかり忘れ物をする性格のおかげなのか、たまたま結婚式で出会った気になる女性とあっという間にいい関係になれたことを、次マコトに会った時にでも報告するしかない。


駅を出て、ガラス張りのビルに映った自分の姿を見るとほぼ同時に、トモカからLINEが届いた。
「シュウジくん、ネクタイ忘れてるよ。笑」

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