初めての吉原ソープで会った人妻風俗嬢。“刺激が足りない”という共通点が2人を結び付けた。

ベランダへ逃げて3分ほど経った。

自分の呼気だけを温もりに、ベランダの隅にうずくまる。
部屋の中では、何を話しているのかまでは聞き取れないがアユミと男の声がする。

タクミはベランダで息を潜め、アユミからの合図を待った。

カーテンの隙間から漏れる光が、ただただ恐ろしい……。

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タクミは3年前に都内の文学部に入学した。
入りたくて入った訳ではない。他が全部落っこちたから、そこにしか入れなかったのだ。
とりあえず入ったからには大学生活を楽しもうと思ったが、目的も目標もなく入った大学は退屈でしょうがなかった。

タクミの周りには同じように“なんとなく大学に入った学生”がたくさんいた。だが、彼らは日々合コンやコンパに明け暮れ、人生で一番楽しいと言われる時期をしっかりと楽しんでいた。

気の合う男友達が一人でもいれば……いや、気になる女子が一人でもいれば、少しは大学生活が楽しく感じたのかもしれない。

タクミは楽しむ学生たちを横目に、単位だけは落とさないようバイトに明け暮れた。
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21歳の誕生日当日、バイト先の先輩に「タクミ今日誕生日だろ?祝ってやるよ」と飲みに誘われた。

先輩はタクミの3つ上で、同じ大学の医学部生だ。彼の父親もまた医師であり、京都でとあるクリニックを開業している。
開業医のひとり息子とあって、学費に加え、都内で一人暮らしをしているマンションの家賃、光熱費、通信費、そして桁の違う小遣いを月々親から仕送りしてもらっている。バイトは生活費のためではなく、友達作りのためにしているらしい。

その先輩とは、月に数回ほどお酒を飲んでいるが、なにも今日に限らず、いつも先輩におごってもらっている。

「21か?おめでとう」
「ありがとうございます。そろそろ就活はじめなきゃで…」
赤坂の小洒落た店で祝ってもらった。
おそらく高級であろうワインに、皿にちょこっとだけ盛られた料理……。
品の良い感じが、貧乏人の自分としてはどうも窮屈だ。

「真面目だな。もう少し遊べよ」
「遊び方がわからないんです」
「———遊び方かぁ…」
事実だ。同じ学部に仲の良いやつなんていないから、同年代の「遊び」がよくわからない。

グラスをテーブルに戻し、少しの間の後「———風俗って行ったことあるか?」と、先輩が声のボリュームを抑えて訊いてきた。
「いや、ないです。興味がないわけじゃないですけど、行く勇気と金が……」
「行ってみるか?誕生日だし、俺が出してやるよ。せっかくならソープにしよう。食べたらタクシーで吉原な」
風俗に興味ゼロなわけではないが……、あまり気分が上がらない。


食事後、先輩の宣言通り一緒に吉原へ向かった。
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タクシーを降り、少し歩いて細路地にあるビルに入った。
フロントで先輩に料金を支払ってもらい、個室に通され、数分待ったのち店員に案内されてエレベーターでひとりの女性に会った。

とても綺麗な女性だ。
アユミと名乗るその女性は、30代前半の小柄で可愛らしい声をした女性だ。

そのまま、部屋に案内されたが……案の定、気分が上がらない。
むしろ逃げ出したい気分になった。

せっかくの初ソープというのに、逃げ出したい気分になるなんて。
金を出してくれた先輩には悪いが、「実は、先輩に連れて来られただけで……普通に喋るだけとか、ダメですか?」と、やんわり風呂を拒否した。
最初は「え?」と、アユミも目を丸くして驚いていたが、来たくて来たわけではない、そういう気分でもない、ということを話たら「たまにそういうお客さんもいるから、気にしなくていいのよ」とクスッと笑って、ベッドに腰掛けた。

タクミもアユミと少し距離を置いてベッドに座った。


アユミには都内で中小企業を営むコウジという旦那がいる。
結婚2年目で すでにセックスレスな上、コウジは出張と名のつく外泊が多いらしい。その憂さ晴らしで、週2日ほどソープで働いているそう…。
金に困っているから働いているかと思いきや、ただの娯楽目的でいろんな男性と寝ているようだ。


ただ……久々、母親以外の女性と話した。
現状、これといった楽しみのないタクミからしたら、この会話でさえちょっと刺激的でどこか癒される。

部屋を出るとき「ほとんど家に旦那いないから、遊びにきてよ」とアユミはタクミに連絡先を渡した。
「え?あ…、はい」と、その紙を受け取り上着のポケットに入れ、結局エロいことなど何もせず店を出た。

帰り際、先輩に「よかったろ?」と聞かれたが「はい。ありがとうございます」としか答えられなかった。
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翌日、大学へ向かう途中アユミにメールをしたら、すぐに家の住所を送ってきた。そして「金曜の午後なにしてる?金曜よかったら家に来て」と。

その週の金曜日、大学の講義後、無意識のまま電車を乗り継ぎ、都内のとあるマンションへ向かった。
エントランスで部屋番号を押すとすぐに扉は開き、エレベーターに乗って32階で降りた。

ホテルのような静かで綺麗な廊下を進み、一番奥の扉の横にあるインターホンを押すと、5秒もしないうちに扉はガチャと半分開き、アユミがニコッと微笑んで中に招いてくれた。


とても広くて、白を基調とした綺麗な部屋だ。


「旦那は今日から大阪に出張なの。帰ってこないから夕飯も食べて行ってね。あ、ワイン飲める?ちょっと今飲まない?」
「え?昼にワインですか?」
時刻はまだ14時前だ。
「ワイン嫌い?」
「いや。好きです。いただきます」
ガラスのローテーブルにワインとチーズ、生ハム、黒オリーブに「昨日の余り物で悪いんだけど」と、ラザニアと野菜のマリネが出てきた。

L字のソファーに腰掛け、アユミの「お久しぶり」という可愛い声で乾杯した。

「大学生だっけ?大学は楽しい?」
「なんとなく入っただけなので、楽しくはないですね」
「大学ではどんなこと学んでるの?」

1時間ほどタクミの大学生活の話、アユミの結婚生活の話をした。
ただ、ことあるごとにアユミは「タクミくんは可愛いなぁ」と笑い、タクミの二の腕や膝を軽く触る…。

ほろ酔いになった頃、理性も大分弱くなったのかアユミは触るではなく、タクミの肩に寄りかかり、ちょっと甘え始めた。
そして、タクミの顔を覗き込み「ねぇ。今日もそんな気分にはなれない?」と、どこか試すように訊いたのだ。

「え…?」

心拍数が上がり、なんて返事をすればいいかわからずたじろいでいたら、アユミはスッと立ち上がり、酔って潤んだ赤い目でタクミの目をじっと見つめた。


アユミは無言のままタクミの手を優しく引き、寝室へ連れて行った…。
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シャワーを浴び、服を着てリビングに戻ると完全に日は落ちていた。
一体何時間楽しんでいたのだろうか。どこか後ろめたさのような…罪悪感がわいた。

リビングの明かりをつけ、「テレビでも観てゆっくりしてて」と、アユミはキッチンへ行き夕飯を作り始める。

言われるがままソファーに座り、ワインの残りを飲みながらテレビをボーッと観ていた時だ、ガチャッと玄関が開く音と同時に「ただいま」と男の声がした……。
廊下を進んでこっちに来る足音がする。

タクミとアユミは一瞬目を合わせ固まったが、次の瞬間には、タクミは窓を開けベランダへ逃げた。


リビングのドアを静かに開け、コウジが入ってきた。
「コウちゃん、おかえり…。大阪の出張は…?」
「出張なくなったよ。———で、玄関にスニーカーがあったけど、誰かいるのか?」
「いや…。誰も……」
「なんでテーブルにワイングラス2つあるんだ?」
「さっきまでお友達が来てたの…」
「ほー…友達は裸足で帰ったのか?」
コウジは何かに気づいている。
窮地に追いやられたアユミの口からは、まともな言い訳はでてこない。

その時だ。
ベランダにいるタクミのスマホが鳴ってしまった。

「今、ベランダで何か音がしたよな…?」
「え…?いや…テレビの音でしょ?」
コウジはアユミの言葉に耳も貸さず、ベランダのある窓へ向かう。



そして
カーテンを勢いよく開けた。

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